攻撃の起点となるストライカー
海蔵寺 巧 Takumi Kaizoji
| 生年月日 | 2006年6月20日 (19歳) |
|---|---|
| 身長 / 体重 | 180cm / 69kg |
| 出身地 | 兵庫県西宮市 |
| 経歴 | 甲陽園FC 関西学院中等部 関西学院高等部 |
PLAYER’S HISTORY
選手の歩み
初めて味わった「衝撃」
父親がサッカーをやっていたこともあって、5歳の時にはもう気がつけばボールを蹴っていました。最初に所属したのは地元の甲陽園FCです。子どもの頃は中盤でプレーしていました。当時からキックには自信があったので、中盤からパスを出してチャンスメイクをするのが自分の主なプレースタイルでした。右足のキックが最大の強みだった反面、守備の強度が低いのが当時の課題でしたね。中学時代で一番印象に残っているのは、3年生の時に参加した兵庫県国体の選考会です。 普段の試合やチームメイトとの練習の中である程度の自信を持って臨んだんですが……そこで周りの選手たちのレベルの高さに、ものすごい衝撃を受けたんです。しかも、その選考会メンバーの中には、僕と同じ関西学院高等部に進学する予定の選手が数人いて。「うわ、これから高校で、俺はこのレベルの選手たちと一緒にプレーしていかなきゃいけないのか」と、強烈に意識させられた出来事でした。中学最後の総体は、チームとしてすごく自信を持って臨んだのに、あっけなく早期敗退してしまって本当に悔しかったです。でも、市毛朱人先生の指導のもと、自分自身の「成長」を確かに感じることができた、濃密な3年間でした。
ベンチから見つめた敗北と、人間として成長できた「楽しむ」サッカー
中学からの内部推薦で、そのまま関西学院高等部へ進学しました。 高校で一番印象に残っているのは、1年生の時に初めてAチームで試合に出場させてもらった新人戦ですね。あの時の緊張と興奮は今でも覚えています。高校に上がってから、僕のプレースタイルは大きく変わりました。中盤のチャンスメーカーから、身長を活かしたフォワードへとコンバートされたんです。高校3年間で一番苦しかったのは、2年生の時のインターハイ。絶対に勝てると思っていた相手に負けてしまった試合を、ピッチではなく「ベンチから見ていた」ときです。何もできないもどかしさと悔しさは、ストライカーとしての反骨心になりました。でも、高校サッカーを振り返って一番成長できたと感じるのは、プレー面はもちろんですが、ピッチ外での「人としての部分」なんです。山根誠監督の指導のもと、一人の人間として大きく成長させてもらえたと感じています。だからこそ、僕にとっての高校サッカーを一言で表すなら、純粋に「サッカーを楽しんだ」ですね。
「ボールを渡せば決めてくれる」絶対的な存在へ
アランテスに入団したきっかけは、またサッカーがしたいなと思っていたタイミングで、大学のサークルの先輩である渡邉颯太くんに誘われたからです。サッカーを続けている理由は本当にシンプルで、「ただただサッカーが好きだから」。現在のプレースタイルは、子どもの頃からの長所であるキックを活かしたシュートと、サッカーIQを活かしたゴール前でのポジショニングです。中盤でプレーしていた経験もあるので、ポストプレーから味方を活かすパスも自分の大きな武器だと思っています。これまでのサッカー人生を通じて、「仲間の大切さ」を深く学びました。アランテスでの僕の目標は明確です。 「ボールを渡せば、必ず点を決めてくれる」 チームの全員にそう思ってもらえるような、圧倒的な得点力を持ったストライカーになります。ゴール前での僕のプレーに、ぜひ期待してください。
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