ゴールを演出するクロサー
藤田 淳生 Atsuki Fujita
| 生年月日 | 2007年8月4日 (18歳) |
|---|---|
| 身長 / 体重 | 168cm / 58kg |
| 出身地 | 兵庫県川辺郡猪名川町 |
| 経歴 | 猪名川FC 猪名川FCアランテス 市立尼崎高校 |
PLAYER’S HISTORY
選手の歩み
兄の背中を追って始まった挑戦。負けず嫌いな少年の「原点」と「成長」
6歳の時、兄がサッカーを始めたのをきっかけに、僕も地元の猪名川FCでボールを蹴り始めました。子どもの頃はとにかく「負けず嫌い」な性格。原コーチ(現 猪名川FC)のプレースタイルや足元の技術に強く影響を受けながら、サイドでの突破力や体力には自信を持つオールラウンダーへと成長していきました。中学1年生で初めて県選抜に選ばれたことは大きな自信になりましたが、一番記憶に刻まれているのは中学最後の公式戦です。エストレラ姫路を相手に前半0-2で負けていた状況から、意地で2-2まで追いついたものの、最後の最後で失点して敗退。「負けたら引退」という極限の状況で味わったこの悔しさは忘れられません。振り返れば、中学までのサッカー人生は「すべての経験が自分の成長に繋がる」と実感できた時間でした。
市尼での「苦労と成長」。怪我と挫折を越えて手にした広い視野
高校は、公立でもサッカーの環境が整っている市立尼崎高校へ進学しました。あえて体育科を選んだのは、技術だけでなく「礼節や規則正しい生活」を身につけ、将来の社会生活に活かしたいと考えたからです。高校サッカーを一言で表すなら「苦労と成長」。1年生の頃からトップチームに呼ばれていたものの、なかなか試合には出られず、試合勘を取り戻すためにセカンドチームへ落とされるという苦しい経験もしました。また、自身が膝の怪我で出られなかった新人戦で、チームが0-2から追いつきながらもPK戦で敗れるのを外から見つめるしかなかったことも、非常に悔しい思い出です。それでも、当時のキャプテンの背中から多くを学び、苦労を重ねたことで「コミュニケーション力」が向上。プレースタイルも、ただ突き進むだけでなく「周りを見てプレーする」選手へと大きく進化できた3年間でした。
「何かが起きる」と期待される選手へ。
高校卒業後の進路として、大学でサッカーを続けるべきか迷っていた時期がありました。そんな時、三家コーチから大学でのサッカーについてどうするかと問いかけられ、自分と深く向き合った結果「やっぱりサッカーが好きだ。続けたい」という思いが溢れ出し、アランテスへの入団を決めました。現在のプレースタイルは、精度の高いボールを供給する「クロサー」。最大の武器である「サイド突破」でチャンスを演出します。僕がサッカーを続ける理由は、シンプルにサッカーが好きで、色々な面で自分を成長させてくれるからです。サッカーを通じて「仲間と協力する大切さ」や「挨拶・礼儀」を学びました。将来の目標は、地域や社会に貢献できる人材になること。アランテスでは、僕がボールを持ったら「何かが起きるかも」と観客や仲間に期待され、一人でチームの流れをガラッと変えられるような絶対的な存在になりたいです。
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